「お父さん、スペインに海ってあったっけ?」

女子大に通う娘が携帯を耳に当てながら、リビングに入って来た。

「スペインに海って... 上下と右を海に挟まれてて、ほとんど海に囲まれてるだろ」

「陽子、海あるんだってさ!」携帯の向こうは、友達の陽子ちゃんらしい。

「え、海って、夏ならどこでも泳げるもんじゃない?」

いい加減な会話が続きそうなので、割って入る。

「おいおい、地中海側はともかく、北部のビーチってあんまり聞いたこと無いぞ」

「地中海? スペインって地中海にあるの?」

「地中海にあるっていうか... 地中海に面しているわけだな」

「スペインに地中海があるんだって! 知らなかったでしょう?  地中海って暖かいんじゃん。そうそう。バッチリ泳げるよ」

「陽子ちゃんと何の話しているんだ?」

「うん、じゃぁ、切るね。お父さんが話したがっているから、情報収集して、また後でかけるよ」携帯を切る。

「夏休みにヨーロッパ旅行しようって相談。で、フランスやイギリスじゃつまらないから、スペインってわけ」

「つまらないって、まだ行ったこと無いだろ、どっちの国も」

「でも、友達はみんな行っているからさ。パリ、ロンドン、ローマ、ミラノ、辺りじゃ自慢にならないじゃん」

「それでスペインか。スペインも相当メジャーな国だけどな」

「え、そうなの?」ソファに腰掛けながら、身を乗り出して来る。

「マドリッドとか、アンダルシアとか、バレンシアとか、聞いたことあるだろ」

「あるある。それってみんなスペイン?」

「あぁ、リゾートってことだと、マジョルカ島とか、友達でも行ってるやついると思うぞ」

「そうなのぉ、残念。別のところにしようかなぁ」

「それ以前に、お前、スペインの場所分かってないだろ」

「そんなの知らなくても旅行はできるもの」ちょっとふてくされた。

「ヨーロッパの別の国にしようたって、どの国がどこにあるか分からなくっちゃ、決めようが無いじゃないか」

「そんなの、私が思いつくぐらいの有名な国でないと自慢にならないから良いの」

「有名だと、みんな行ってるぞ」

「そこなのよねぇ、有名だけど、あんまりみんなが行ってないところじゃないと駄目なのよ」

「世界地図を調べるしか無いな」

「面倒くさ〜い」

「国の場所なんて、常識だぞ。恥ずかしいから、この際、ちょっと勉強しろ」少し父親風を吹かす。

「でも、世界地図なんて家に無いじゃん」その通りである。

「なら、インターネットで調べてみろ」そこで、ちょっと思いついた。「そうだ、良いソフトがあるぞ」

「何?」

World of Whereってソフトだけどな」手直にあったMacBookを開いて、World of Whereを起動する。「世界地図上の国名なんかを当てる、一種のクイズソフトだな」

「へぇ、ゲームなんだ」MacBookを奪い取って、画面を覗き込む。

「この世界地図で、普通に国名を確認することもできるし、テストを選べば、国名を当てるクイズが始まるから自然と国の場所を覚えるってわけさ」

「へぇ、おもしろそうじゃん」ちょっと興味を持ったようだ。「何か聞いたような、聞いたこと無いような国がいっぱいあるなぁ」

しばらく画面を見て、「ベラルーシとか、リトアニアとか、知ってるようで知らない。ポーランドは聞いた」

「おいおい、いきなり東欧はかなりマニアックだろ」

「東欧?」怪訝な顔で「ベラルーシはともかく、ポーランドって東の方じゃないでしょ」

「東の方...」絶句した。

「お父さんも案外、ヨーロッパの地理知らないね」せせら笑っている。「ウクライナじゃない、一番東?」

「いや、東欧っていうのは、冷戦時代の社会主義国を指すんであって...」しかし、娘は聴いていない。「確かに、きちんと決まったルールがあるわけじゃないけど、一般には東にあるからといって...」やっぱり、聴いていない。

「デンマークとか、フィンランドも良いかも!」するとパッと目を輝かせて、「あっ!」。何を発見したのかと思うと、「アイルランドって島なんだ。イギリスの一部だと思ってた」

「北の方は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国と言ってだな、イギリスの一部だぞ」

「だって、別の島じゃん」

「そりゃそうだが、過去の宗教、歴史の問題があって、上の方だけはイギリスなんだよ」

「よく、分かんな〜い」またふてくされた。「お父さん、教えるの下手」

下手って、授業でも受験の時にも、勉強しているはずなんだが、まぁいい。

「お金を払ってユーザ登録しないと、ヨーロッパしか使えないけど、今のところは、ちょうどいいだろ?」

「そうだね、これで国の場所を確認して、どこに行くか決めるよ」

「ついでにテストをやっておけば、恥をかかずに済むしな」

「陽子にも教えてやろう」すぐに携帯を取り出す。と、一瞬躊躇して「陽子ってマック使ってないや」

「Windows版もあるはずだから、大丈夫だろ」と助け舟を出す。

「もしもし、陽子? うん、今、良いソフトを発見してさ。デンマークとか、フィンランドとか、面白そうな国がすぐに見つかるよ」得意げだ。「え? うん、海あるよ。夏なんだから、海ならどこでも泳げるんじゃない?」

そうか、そこから教えてないと駄目だったか。

「それがさぁ、家のお父さん、てんで駄目。地理も知らないし、教えるの下手だから」でも、もう今日は諦めよう。北欧だって、泳ぐ人は泳ぐしな。

-end-