さっきまで倉庫でごそごそやっていた高校生の息子が、透明なプラケースに入ったカセットテープを持ってリビングに入って来た。
「それは、カセットテープと言ってだな。音楽なんかを録音して...」
「カセットテープくらい知ってるよ、使ったことはないけどさ」息子が笑いながら、カセットのレーベル面を見せて、「そうじゃなくて、これだよ」
「ん?」レーベルには、“大友信幸の音楽狂い咲き PART 3”と書いてある。何だこりゃ?
「お父さんでしょ、この大友信幸って?」
「確かに父さんの名前だし、父さんの字のようだが、記憶に無いなぁ」
「相当古いね」
「そうだなぁ... あっ!」突然、記憶が鮮やかに甦った。「中学の時に作っていたDJテープだ!」
「DJテープ?」
「あぁ、父さんが子供の頃は、ラジオ番組を真似て、自分で番組を一本作って録音するのが流行ったんだよ」息子は怪訝そうな表情だ。「つまりだなぁ、自分がラジオ番組のパーソナリティになり切って、脚本も書いて、好きな曲を選んで録音して、友達に配ったりしたんだな」
「なるほど、ミックステープみたいなものかな」息子がつぶやいた。
「今よりラジオが盛り上がっていたし、洋楽ファンの唯一の情報源だったから、最新の洋楽を紹介するDJは憧れだった。そういうのが好きな連中が集まってこんなテープを交換し合ったし、出力が弱くて近所でしか聴けなかったけど、オリジナルのFM放送局を持つ機械も出たくらいだ」
「ご近所でしか聴けない放送局なんて意味ないでしょ」息子は笑っている。「今なら、パソコンで簡単に世界に向けてラジオ放送できるし」
「何?」思わず身を乗り出してしまった。「世界に向けて?」
「その反応は、まだDJに興味があるんだ?」
「中学の頃は、パーソナリティを目指してたからな」本気で目指していたし、そういう友達は結構いた。「その後、自分の好きな曲だけをかけられないとか、スポンサーとのしがらみとか、そういうことに気付いて熱は冷めたけどな」
「僕のバンドあるでしょ」息子が友達とロックバンドをやっていることは知っている。「オリジナル曲を録音して、毎晩世界に向けて放送しているんだよ」
話が見えない。察した息子が、テーブルの向こう側に腰を下ろして話し始めた。
「僕の部屋にMacがあるでしょ」一年ほど前にねだられて買い与えたiMac (intel)
「あぁ」
「で、そのファイルを再生するんだけど、その出力先をMacのスピーカじゃなくてインターネットに設定しておくと、世界中の誰でもその演奏を聴けるわけ」
「ネットラジオだろ」とりあえず、おやじの威厳を見せねばならないから、知ったかぶってみよう。「でも、いくらネットで世界に流したって、聴いてくれるのはあらかじめ知らせておいた友達だけだろう。昔のご近所向けFMと同じじゃないか」
「ただネットラジオで放送しただけなら、その通り」息子のしたり顔が悔しい。「でも、NiceCastっていうソフトを使うと、放送中の番組が米国にあるメーカのページに一覧されるんだ」
「番組表か」
「そう。で、ネットラジオを聴きたい人はそのページに行って、面白そうな番組を選んで聴くってわけ」
「うむ、すべての番組に等しくチャンスがあるわけだな」
「僕のバンドの場合、10曲位を一晩中繰り返し放送するようにしているけど、朝になって確認すると、結構な数の人が聴いてるよ」息子が続ける。「しかも、曲を売っているiTunes Store
「お前、デビューしているのか?」
「ははは」息子が大げさに笑った。「デビューっていうのとは、違うと思うよ。1万円もかけずに誰でもiTunesで自主制作のアルバムを売れる時代だからさ」
「そんなものか」凄い時代になったものである。「その話はいずれ聞くとして、ラジオの話だが、DJとかも入れられるのか?」
「曲の再生だけじゃなくて、マイクを使ってリアルタイムにトークを放送することもできるよ」
「トークの合間に曲を流すのはどうなんだ?」
「それも簡単だよ」
「じゃぁ、自分の好きな曲だけを選んで流せるんだな」少々興奮して来た自分が恥ずかしい。
「いやいや」息子がちょっと慌てている。「他人の曲を勝手に流すと著作権にひっかかるから、多分駄目だよ」
「知り合いだけに聞かせるのはどうだ?」好きな曲だけを紹介するラジオと言うアイデアを捨て切れない。「テープに録音して交換するのはよかったんだから、家族とか親友とかだけに聴かせる分には問題ないだろう?」
「法律のことだから、何とも言えないけど、グレイなエリアなんじゃない?」ちょっと困っている。「NiceCastには、放送を聴くのにパスワードを要求する設定もあるから、リスナーを限定することは可能だよ」
「なるほど、しかしソフトの設定なんか大変そうだなぁ」
「一通りの設定はあるけど、大したことないよ」
「世界が相手だと、リスナーが何万人なんてことも夢じゃないな」
「夢じゃないんだけど、実際にそれだけの人数が一度に聴くのは無理」一人で盛り上がっているおやじの反応に息子の方が戸惑っているようだ。「実際、今の環境だと一度に聴けるのは多くて10人位だし、お父さんの番組って日本語でしょ? 外国の人が聴くとは思えないな」
「そりゃ、そうか」
「その両方を解決するとしたら、メーカの番組表のページじゃなくて、Livedoorがやっている“ねとらじ”っていう日本人向けのページにリストした方が良いね。この方法だと、一度に聴けるリスナーの数も増えるんだ」
「なるほど、色々と対策はあるわけだな」とりあず少し落ち着いた。「まずは、自分のトークを実際に放送して実験してみることだな」
「ん、試してみなよ」そろそろ、この話題にも飽きて来たと見えて、ソファーから立ち上がるタイミングを計っている。「NiceCastは、デモ版があるから、お父さんのMacBook
「他人の曲を放送できないなら、お前の曲を使わせてくれよ」もう少し息子を引き止めて情報を引き出したい。「バンドの新譜を紹介する番組のスタイルでさ」
「いいよ。バンドのメンバーとの電話インタビューなんてのもできるしね」
「電話?」
「インターネット電話とかってあるでしょ。パソコン同士で話すやつ」
「あぁ、iChatとかSkypeだろ。父さんだって会社で使っているぞ」
「そう、その会話も放送の中で流せるんだ」
「バンドのメンバーが電話でリスナーに挨拶!ってわけだな。本格的だな。盛り上がりそうだ」
「そこまでやる番組っていうのは、あんまり無いと思うな」息子もこのアイデアには興味があるようだ。「そこまできちんとできるようになったら、インディバンドを紹介する番組としてちゃんと成り立ちそうだね」
「ん、ん、そうだ、そうだ。成り立つよ」ふと疑問がわいて来る。「そんなに時間と労力をかけて放送して、一回きりで終わってしまったら、もったいないなぁ。再放送とかできないのか?」
「NiceCastの場合、放送の内容をファイルに記録しておくアーカイブ機能があるから、そのファイルを何度も放送すればいいんじゃない」
「再放送も可能か!」
「最近だと、そういうファイルをサーバからダウンロードできるようにしておくPodcastのが一般的だね」
「再放送と違うのか」Podcastというのは、TVで見かけた記憶があるが、詳しくは知らない。
「Podcastは、ラジオ番組をダウンロードして、好きな時にパソコンやiPodで聴くものだね」もうソファーから立ち上がろうとしている。「実際にラジオ番組をPodcast化して公開している放送局もあるよ」
「そうか、よし!」リビングを出て行く息子を見送りながら、昔の情熱が再燃したのを実感する。「遅まきながら、ネットラジオでDJデビューだ!」
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