では、英語を使うことにおいて、2つ目の「何かに気づいた」経験について書きましょう。

バイリンガルという言葉があります。二カ国語を、それぞれネーティブとして話せる人、という意味でよく使われます。

バイリンガルになると、英語を話すときに英語で考え、日本語を話すときに日本語で考えると言われています。二カ国語が操れると言っても、英語を話す時にまず日本語で考え、日本語から英語に翻訳している人は、バイリンガルとは言いません。

最近の研究で、バイリンガルの人は、英語で話す時と日本語で話す時で、脳の別々の部分が活発化していることが分かっています。皆さんもテレビで観たり、雑誌や書籍で読んだことがあるでしょう。

では、実際にバイリンガルになるとは、どういうことでしょうか?

私の経験から、バイリンガルになる方法と、バイリンガルになった状態について、すこし説明させていただきます。なお、ここで書いている内容は、あくまで私の経験を基にしているのであって、すべての人に当てはまるとは限りません。また、学術的な裏付けがあるわけでもありません。

私は、米国に留学してほどなく、映画館に入り浸るようになりました。

私が行っていた映画館は、日本で言えば、数十年前の名画座に当たるもので、雨に歌えば、市民ケーン、ゴッドファーザー、ミーンストリート、ミッシングなど、比較的古めの名作を中心に、一日に2本(1本目は二回上映)、$2.50(当時の為替レートで約500円)で観られました。

私は、こうして観た映画をメモし、独自のレーティングを付けていたのですが、のちに数えてみると、留学から戻る前の1年間でのべ約370本の映画を観ていたのです。

米国の映画館ですから、字幕はありません。しゃべっていることをすべて理解することはできないわけですが、古い名作では、あらかじめ筋が分かっていることも多く、話している内容もおおよそ見当がつくという感じで、本当に支離滅裂ということはほとんどありませんでした。

そんな感じで毎日毎日映画を観ていると、似たようなシーンでは、似たような言い回しをしていることに気付きます。すると、そこで何と言っているのか、考えるまでもなく分かるようになるわけです。そして、回を重ねる毎に、しゃべっていることをいちいち頭の中で日本語に翻訳しなくてもよくなります。

当時、英語学校の教師で、友達付き合いしてくれていた米国人とのやり取りで、私が「毎日映画を観ている」というと、「しゃべっていることが、どれくらいわかるの?」と訊かれ、私は「75%くらい」と答えた記憶があります。

この時点で、英語を聞き取る能力が相当に向上したと思いますが、まだバイリンガルという域には達していません。会話するときも、聞いた内容を日本語に翻訳し、それに対する回答を日本語で考えて、頭の中で英語に置き換えてから喋るという感じです。

このレベルの英語力の場合、会話は、その日の調子に依存します。調子がいいと、べらべらしゃべれるが、調子が悪いと、たどたどしい英語になってしまうのです。この「調子」については、また別の機会に書きましょう。

で、そんな毎日が続いて、300日以上経ったある日、いつものように映画館の椅子に座って映画を見ていた私は、バイリンガルになる瞬間を経験したのです。

それまで、聞き取れている75%の英語を、頭の中で翻訳しながら映画を観ていたわけですが、突然に頭の中で「バチン」と音がして、何かのスイッチが切り替わりました。そして、その時点から、その映画の中でしゃべっている英語が、すべて聞き取れ、しゃべっている内容が、そのままストレートに頭の中に入って来たのです。

今でも思い出しますが、この時、それまで白黒で観ていた映画が、突然総天然色になった、と感じたのです。今風に言えば、アナログだった画面が、フルハイビジョンになった、という感じです。

これがバイリンガルになった瞬間でした。その後に米国で観た映画は、会話のすべてが100%聞き取れていた、と思います。

当時は、バイリンガルというものは、単に二カ国語を流暢に操る人、という概念しかなく、脳の中で、日本語と英語を別々の部分が処理している、という理解はありませんでした。しかし、私は経験上、バイリンガルになると、脳の処理能力が何らかの手段で倍加するのだ、と気づいたのです。

誤解してほしくないのは、言っていることがすべて聞き取れても、知らない単語の意味が分かるわけではありません。あくまで、脳の中で、英語を直接処理する部分が活性化した、ということなのです。

映画の中に登場する英単語は、限られていますから、言っていることがすべて聞き取れていれば、少しくらい分からない単語があっても、推測で補足して十分に理解することが可能なので、すべての会話が理解できた、と言ってよいでしょう。これは、たどたどしい英語しかしゃべれない人が、海外旅行で、身振り手振りで相手の言っていることを想像しながらでも会話が成立したというのとは、全く異なる次元の話です。

ただし、本当の生活の中でバイリンガルの能力を生かすには、膨大な英単語を知っている必要があります。逆に言えば、バイリンガルの脳では、言っている単語をすべて聞き取ることができるので、その意味さえ知っていれば、すべて理解できるはずです。単語の重要性については、また別の機会に触れたいと思います。

バイリンガルになる、ということが、脳のこれまで使っていない部分が活性化して、英語を直接処理し始める、ということなのであれば、そのアプローチには、色々な手段がありそうです。

私の場合は、英語の映画を字幕なしで、毎日1年間観続ける、ということでした。日本語があふれている日本で、単に英語の映画を毎日観たらバイリンガルになるか、というと、そんなに甘くもなさそうですが、とにかく、一日2時間くらい、強制的に英語でものを考えなければならない状況を、365日続けてみるというのは、良いアイデアだと思います。

最近話題のCDでひたすら英語を聴くといった勉強法も、このようなアプローチに当てはまりそうです。

なお、一度バイリンガルになったからと言って、一生バイリンガルである、というわけではありません。私も日本に帰国して、しばらくはバイリンガルの状態が続いたと思いますが、数ヶ月もしない内に、普通に英語を使える日本人になってしまい、その後も、どんどん英語力は落ちていきました。

使わなければ、錆び付いてしまうものなのです。バイリンガルになり、その状態を維持するには、それなりに苦労と努力が必要だということでしょう。

-以上-